岩瀬鴎所(忠震)墓碑。(白鬚神社)


只今、NHKの大河ドラマで西郷どんが放映されております。

江戸幕府を倒した薩長土肥の武士たちが

英雄視されることは、致し方ないのかもしれません。


この墨東に住み、商売をしておりますと

江戸幕府のことにも興味が生き詳しく調べていくようになりました。


はたして江戸末期、幕府側に人材がいなかったのか、

それは否です。


明治政府はもちろんトップは薩長土肥をはじめとした討幕した人物で占められましたが

実際、実務的なところで活躍していた人々はほぼ旧幕臣でした。


つまり明治政府は旧幕臣なしには成り立たなかった、

もっと言ったら欧米の植民地になっていた可能性さえありました。



明治の世まで生きられませんでしたが、

その代表の一人が岩瀬忠震(ただなり)です。

江戸末期にして、将来の日本のプランを描き

外国奉行としても条約交渉に臨み優れた能力を発揮いたしました。


日米修好通商条約の交渉相手であった

タウンゼント・ハリスは、

「井上(清直)、岩瀬(忠震)の諸全権は綿密に逐条の是非を論究して余を閉口せしめることありき。

、、、懸かる全権を得たりしは日本の幸福なりき。彼の全権等は日本の為に偉功ある人々なりき」

と書き記しております。


岩瀬忠震については、

向島の彼の住まいだった岐雲園跡のところで詳しく触れられたら良いと思います。